2024年1月2日、東京都大田区にある東京国際空港(羽田空港)で、日本の航空史に深く刻まれる重大事故が発生しました。
着陸した日本航空(JAL)516便と、離陸のため誤って滑走路上に進入していた海上保安庁の航空機が衝突し、両機が炎上したのです。
この事故では、JAL機の乗客・乗員379人全員が奇跡的に脱出しましたが、海上保安庁機に搭乗していた6人のうち5人が死亡する結果となりました。
本記事では、事故の概要、亡くなった海保職員5人の死因、機長の情報、そして事故原因について、現在判明している事実をもとに詳しく整理します。
事故の概要と発生日時
羽田空港地上衝突事故が発生したのは、2024年1月2日午後5時47分ごろです。
事故現場は羽田空港のC滑走路(滑走路34R)でした。
新千歳空港を出発した日本航空516便(エアバスA350-941、機体記号JA13XJ)は、定刻よりやや遅れて羽田空港へ到着し、着陸許可を得たうえで滑走路に進入していました。
その一方で、海上保安庁所属の固定翼機「みずなぎ1号」(DHC-8-Q300、機体記号JA722A)が、滑走路手前で停止する指示を受けていたにもかかわらず、誤って滑走路内に進入し停止していました。
着陸したJAL516便は、滑走路上で停止していた海保機に気付く間もなく接地し、ほぼ真後ろから衝突しました。
JAL516便の状況と全員脱出
JAL516便には、乗客367人と乗員12人、合わせて379人が搭乗していました。
衝突直後、JAL機は激しく炎上しましたが、客室乗務員と運航乗務員の冷静な判断と迅速な誘導により、搭乗者全員が約10分で機外へ脱出しています。
機内アナウンスが故障する中、客室乗務員は肉声やメガホンを使って乗客を誘導しました。
パニックに陥る乗客がほとんどいなかったことも、全員生還につながった大きな要因とされています。
結果として、日本国内の大型旅客機事故としては極めて異例の「全員脱出」が実現しました。
海上保安庁機「みずなぎ1号」と搭乗者
衝突した海上保安庁機「みずなぎ1号」には、6人が搭乗していました。
所属は第3管区海上保安本部羽田航空基地です。
この便は、前日に発生した能登半島地震の救援活動の一環として、新潟航空基地へ物資を輸送する任務に就く途中でした。
事故により、機長1人が重傷を負って生存しましたが、他の5人は死亡が確認されました。
死亡した海上保安庁職員5人の氏名と年齢
警視庁は2024年1月5日、死亡した5人の身元を正式に発表しました。
亡くなったのは、以下の5人です。
主任飛行士
田原信幸さん(41)
整備員
加藤重亮さん(56)
通信士
石田貴紀さん(27)
整備士
宇野誠人さん(47)
探索レーダー士
帯刀航さん(39)
いずれも、長年にわたり海上保安庁の任務に携わってきた職員でした。
海上保安庁5人の死因について
警視庁捜査一課によると、司法解剖の結果、主任飛行士の田原信幸さんと整備員の加藤重亮さんの死因は、「全身挫滅」と判明しました。
これは、極めて強い外部からの衝撃によって全身に致命的な損傷を受けたことを意味します。
残る3人についても、その後の司法解剖で、衝突および爆発による外部衝撃が致命傷となったとみられています。
機体が衝突直後に爆発炎上したことから、脱出する時間的余裕はほとんどなかったと考えられています。
生存した機長の名前や顔画像は公表されているのか
事故で重傷を負いながらも生存した海上保安庁機の機長は、当時39歳の上席飛行士でした。
しかし、機長の実名や顔画像については、現在までに公表されていません。
公務中の事故であり、本人や家族への配慮、捜査への影響などを考慮して、匿名扱いとなっている可能性が高いとみられます。
一部で顔画像の有無が話題になっていますが、公式に確認されたものは存在しません。
機長の経歴と勤務状況
報道によると、この機長は総飛行時間3641時間を超えるベテランでした。
2017年2月に機長に昇格して以降、1100時間以上の機長経験があったとされています。
事故前日には、中国公船の警戒任務で約7時間の飛行を行っていましたが、海上保安庁幹部は「勤務状況は過酷ではなく、健康状態にも問題はなかった」と説明しています。
この点からも、単純な過労が直接の原因とは考えにくい状況です。
事故原因は何だったのか
事故原因については、運輸安全委員会が調査を継続中です。
現時点で明らかになっている最大の要因は、「管制指示と実際の行動の不一致」です。
みずなぎ1号には、滑走路手前の停止位置C5で待機する指示が出ていました。
機長はこの指示を正しく復唱していましたが、実際には停止位置を越えて滑走路内に進入し、そのまま停止していました。
なぜ指示と異なる行動が取られたのかについては、現在も慎重に調査が進められています。
推測されている要因と今後の課題
あくまで推測の域を出ませんが、以下の点が指摘されています。
・災害派遣という緊急性の高い任務による心理的焦り
・複数回の連続任務による注意力低下
・ADS-B非搭載機であったことによる視認性の問題
ただし、これらは公式に断定されたものではなく、今後の最終報告書を待つ必要があります。
今回の事故は、日本の航空安全体制や空港運用の在り方に大きな課題を突き付けました。
まとめ
羽田空港衝突事故は、多くの命が危険にさらされた中で、379人全員が生還するという奇跡と、5人の尊い命が失われるという深い悲しみが同時に刻まれた事故でした。
亡くなった海上保安庁職員5人は、能登半島地震の救援という使命の途中で命を落としました。
事故原因の全容解明と、再発防止策の徹底が、今後の航空行政に強く求められています。
二度と同じ悲劇を繰り返さないためにも、この事故から得られる教訓を社会全体で共有することが重要です。