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アンソンギの死因は血液がん 妻や子供 家族構成 学歴や経歴 出演作品は

韓国映画界を代表する名優アンソンギさんが、2026年1月5日午前9時、ソウル市内の病院で亡くなりました。

74歳でした。

所属事務所であるアーティストカンパニーが同日、公式に訃報を発表し、韓国国内のみならず日本を含む海外でも大きな衝撃と悲しみが広がっています。

アン・ソンギさんは「国民俳優」と称され、約70年にわたり韓国映画の歴史とともに歩んできた存在でした。

本記事では、アン・ソンギさんの死因、妻や子供などの家族構成、学歴や経歴、そして代表的な出演作品について詳しく整理します。


目次

アンソンギの死因は血液がん

アンソンギさんの死因は、血液がんによるものと発表されています。

聯合ニュースなど複数の韓国メディアによると、アンソンギさんは2019年から血液がんを患い、長期間にわたり闘病生活を送っていました。

治療を続けながらも俳優活動への情熱は衰えず、体調と相談しながら映画出演を続けていたことが知られています。

2025年末には、自宅で食事中に喉へ食べ物を詰まらせる事故が発生し、心停止の状態でソウル市龍山区の順天郷大学校病院へ搬送されました。

その後、集中治療室(ICU)で治療が続けられていましたが、2026年1月5日午前9時頃、帰らぬ人となりました。

所属事務所は声明の中で、「演技に対する深い使命感と誠実さをもって、韓国の大衆文化の歴史とともに歩んできた方だった」と、その功績を称えています。


アン・ソンギの妻や子供 家族構成は?

アン・ソンギさんの私生活については、長年にわたり多くを語らない姿勢を貫いてきました。

結婚して妻がいることは公表されていますが、一般人であるため、名前や顔写真、詳しい職業などは明かされていません。

また、子供がいるかどうかについても、公式に詳細な情報はほとんど公表されていません。

家族を芸能報道の対象から守る姿勢は一貫しており、俳優としての評価と人間としての品格を重んじる姿勢がうかがえます。

なお、政治家の禹相虎(ウ・サンホ)氏が、アン・ソンギさんの妻の従兄弟にあたることが知られています。

この点からも、韓国社会において一定の家系的背景を持つ人物であったことが分かります。


アン・ソンギの出身地と学歴

アン・ソンギさんは1952年1月1日、朝鮮戦争のさなかに生まれました。

出生地はソウル市とされており、戦時中に避難する列車の中で誕生したと伝えられています。

父親は映画プロデューサーであり、幼少期から映画という世界が身近に存在していました。

ソウル市内の小学校・中学校を卒業し、中学時代の同級生には後に国民的歌手となるチョー・ヨンピルさんがいます。

高校進学後は学業に専念するため、一時的に俳優業を引退しました。

その後、2年間の浪人生活を経て、韓国外国語大学へ進学。

大学ではベトナム語を専攻し、当時進行していたベトナム戦争の影響から、予備役将校訓練課程を利用して現地派遣を希望していたというエピソードも残っています。


子役から国民俳優へ アン・ソンギの経歴

アン・ソンギさんは1957年、5歳のときにキム・ギヨン監督の映画「黄昏列車」で子役としてデビューしました。

1959年に出演した「10代の反抗」では、サンフランシスコ国際映画祭のゴールデン特別賞(子役俳優賞)を受賞し、早くからその才能を世界に認められています。

子役時代だけで約70作品に出演し、「下女」や「誤発弾」など、韓国映画史に残る名作に次々と参加しました。

高校時代に一度俳優業を離れた後、1977年に父親の勧めで映画「兵士と娘たち」に出演し、本格的に復帰します。

1980年の「風吹くよき日」では社会の底辺で生きる若者を演じ、大鐘賞最優秀新人賞を受賞。

以降、「曼荼羅」「霧の村」などで主演男優賞を次々と獲得し、名実ともに韓国映画界の中心人物となりました。


代表作と出演作品一覧

アン・ソンギさんの出演作品は約170本に及び、ジャンルを問わず幅広い役柄を演じてきました。

主な出演作品には以下のような名作があります。

・風吹く良き日
・ディープ・ブルー・ナイト
・成功時代
・ホワイト・バッジ
・シルミド/SILMIDO
・ラジオスター
・神の一手
・ディヴァイン・フューリー/使者

日本映画では、1996年に小栗康平監督の「眠る男」に出演し、役所広司さんらと共演しました。

晩年の出演作としては、2023年公開の「ノリャン-死の海-」が最後の作品となっています。


韓国映画界に残した功績

アン・ソンギさんは、演技力だけでなく、人間性の面でも高く評価されてきました。

所属事務所は追悼コメントで、「彼の演技は常に人と人生に向けられていた」と表現しています。

作品を通じて社会の矛盾や人間の弱さ、希望を静かに描き出し、世代を超えて多くの観客に影響を与えてきました。

その姿勢から、アン・ソンギさんは「真の意味での国民俳優」と呼ばれ続けてきたのです。


まとめ

アン・ソンギさんは、血液がんと闘いながらも最後まで俳優として生き抜いた人物でした。

子役から始まり、韓国映画の黄金期を支え続けたその存在は、今後も多くの作品とともに語り継がれていくでしょう。

心よりご冥福をお祈りします。

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